メディアとのつきあい方講座

「情報モラル」についての特別座談会

特別座談会 「教育現場の情報モラル」
〜急激な情報化のなかで 子どもたちに求められる能力とは?〜

教育現場におけるインターネットの整備が進むにつれて、情報モラル教育の必要性が高まっている。しかし反面、教育現場では著作権思想の普及や有害情報への対応が進んでいないのも事実だ。情報モラルの本質とはなにか。そして、子どもたちには、どんな能力を身につけさせるべきなのか。各分野の専門家に語り合ってもらった。

座談会の模様

●赤堀

座談会をはじめる前に、この企画が立ち上がった経緯を、立案者の村岡さんから説明してもらいたいと思います。

●村岡

ソフトウェアはまさに著作物なのですが、形がないことから違法コピーなどの問題が後をたちません。情報教育雑誌「Justsystem & School」の創刊にあたって、久保田ACCS専務理事に『先生のための「著作権」講座』という連載を始めました。読者からも「著作権に関する情報を教えてほしい」という意見が多かったんです。これまで数回にわたり著作権についての情報をQ&A方式で掲載してきたのですが、久保田さんのほうから「そろそろ読者を甘やかすのはやめませんか」という提案がありました。問題を著作権ということに限定してしまうから「法に触れるかどうか」という部分に矮小化されてしまう。

久保田さんの主張は「著作権は人権である」というもので、そこを伝えるためには、様々な立場から著作権や情報モラルについて話す機会があったほうがいいのではないか、と考えたわけです。

●赤堀

なるほど、著作権の本質的な部分を考えることからスタートしようということですね。 それでは、今回参加していただくみなさんに、簡単な自己紹介をしていただきたいと思います。私は東京工業大学で教育工学や情報教育を手がけています。今回は司会を務めさせていただきます。

●久保田

文部科学省文化庁の許可のもとに、コンピュータソフトをはじめとするデジタル著作物の権利保護を手がける団体ACCSの専務理事を務めています。

●野間

東京都北区赤羽台西小学校で、情報教育に取り組んでいます。一昨年には、大きな研究発表をして、赤堀さんにもお越しいただきました。その際に「情報教育においてモラル教育は極めて重要だ」という言葉を聞いて、今年度は情報モラルを中心に授業を進めようと、準備を進めているところです。

●原田

エプソン販売で、エプソンのブランドをつけたすべての商品について、販売推進と広告宣伝を担当しています。

●村岡

現在はジャストシステムに在籍していますが、前職は教科書会社で編集を手がけていました。6年前にジャストシステムに移り、小学生向けの『ATOK』を開発しています。コンピュータを使う場合、これまでスキル面が重視される傾向が強かったので、なるべくスキルを意識しないで使える製品という点に着目し開発を進めています。

インターネット環境の整備で 重要性を増す情報モラル教育

●赤堀

それでは本題に入りたいと思います。いま、リアル、ヴァーチャルを問わず「学校を開く」をキーワードに、外部から人や情報が学校のなかに入ってくるようになってきました。とくに、インターネットが整備されると、あふれんばかりの情報が飛び込んできます。つまりカオス的な情報が学校に入ってきた。 学校が社会に対して開いていくことは大切なことですが、果たして無防備でいいのだろうか。情報モラルや著作権についての教育が注目されているのも、こうした状況が背景になっています。その点を中心に、それぞれの立場から意見をうかがいたいと思います。まずは久保田さん、いかがでしょうか。

●久保田

私はコンピュータのソフトウェアを代表とするコンテンツ、すなわち「デジタル信号化された著作物」の権利を守るのが業務で、権利侵害に対する刑事手続きや損害賠償請求等の民事的救済の支援、著作権法の法改正、いわゆるロビー活動などを手がけています。なかでも、もっとも重要な業務に据えているのが、情報モラル育成に向けた著作権思想の普及・啓発活動です。 日本の著作権法は、著作者人格権という個人の尊厳に直結する権利を保護しています。これは作品を創ったときに、その作品に創作者の人格が化体し、発現されているという考え方です。つまり、日本の著作権はアメリカのように財産権だけではなく、人格権を強く保護している。小説や作文、詩や音楽や絵画の創造、制作を考えれば、まさにその人しか創りだせないものであることがわかります。それらを保護する考えは、個人の尊厳を守ることにつながりますよね。

この思想は、教育現場でも教育基本法の理念や子どもの権利条約の問題などとリンケイジしてきますから、しっかりと教えるべき法律であり、また教えやすい法律なのではないか、と考えています。「教育国家は警察国家」という面がありますから、十分に教育をすれば、違法行為は必ず減っていくと考えています。

●赤堀

著作の権利を守るということは、本人そのものの尊厳を認めることにつながることであり、その点を子どもたちに教えていく必要があるということですね。次は野間さん、教育現場からの意見を聞かせてください。

●野間

私は勤務する小学校で、昭和61年から情報教育に取り組んできました。3年ほど前からはインターネットの活用を研究しています。具体的には「情報活用の実践」「情報の科学的理解」「情報社会に参画する態度」という3テーマで、段階を踏みながら進めています。ただし、3番目の「情報社会に参画する態度」、いわゆる情報モラルの部分は、授業化が難しい分野でした。しかし、2001年に入ってから、12歳の少女が手錠をはめられて高速道路に放り出された事件や、中学生によるネットを利用した詐欺事件に代表されるように、ネットに関わるトラブルが低年齢化してきました。 そこで、昨年の春から情報モラルをメインに据え、「個人情報の保護」「著作権の保護」「メールのルール」「ネット売買における消費者教育」という項目で授業化を推進しています。「著作権の保護」の授業では久保田さんにお越しいただきました。4年目にしてようやく方向性が見えてきたという状況です。 13年度にはインターネットがすべての学校につながりますので、これから情報教育を手がけようという学校には、ノウハウをどんどん公開していこうと考えています。

●村岡

野間さんは「情報モラルは授業化しにくい」と言われましたが、情報モラル教育の中には、道徳教育として有効な部分もあると思うのですが、いかがでしょうか。

●野間

私は図工の専科なので、道徳の授業については詳しくないのですが、まず小学校教育は道徳がベースにあるとは思います。ただし、ネットについての教育は道徳と分けて考えています。道徳の授業では、例えば「登校中に困っている人がいた。その人を助けると遅刻してしまう」というような複雑な状況を提示した上で、子供たちに考えさせるのが基本です。ネット関連の授業でも、子どもたちに考えさせはするのですが、「違法コピーをしてはいけない」というように、ある意味で答は出ている。

●赤堀

正直に言いますが、子どもたちにとって道徳の授業は面白くないんですよ。「人のものは盗っちゃいけない」なんて、当たり前のことを言っているな、と(笑)。 情報モラル教育において「コピー&ペーストしてはいけない」というのは似ている部分がありますよね。そう考えると、道徳教育ではないにせよ、著作権やプライバシー保護の知識の部分は、授業を組み立て得る部分があるのだろうと思います。

ところが、その基になっている判断基準の部分は、やはり難しい。だから情報モラルを真正面に据えて授業を展開しにくかったのではないでしょうか。そのあたりの工夫はどうですか。

●野間

情報モラルの授業でも葛藤場面で討論するような過程はつくっています。プライバシー保護を例にとると、架空のアンケートを実施して、そこに名前や住所、電話番号などの個人情報を書き込む欄を設定しておく。そうすると子どもたちからは「先生、これ書いてもいいの?」という疑問や、「嘘を書いちゃえ」などといった意見が出てきます。それについては後で話し合うわけです。

●赤堀

子どもたちに考えさせる場面があるということですね。それは情報モラル教育の可能性を感じさせるものです。