「情報モラル」についての特別座談会
特別座談会 「教育現場の情報モラル」
〜急激な情報化のなかで 子どもたちに求められる能力とは?〜
形がないものの権利をどうイメージさせるか
●赤堀
それでは原田さんお願いします。
●原田
私はエプソンに入社して35年になりますが、情報モラルが話題にのぼり始めたのは、ここ5〜6年ではないでしょうか。現時点では問題だらけの現状であると認識しています。 我々はメーカーとして、より美しくデータを取り込み、かつ出力できる機能を向上させるために日々努力しているわけですが、「製品の性能が上がれば、極めて原本に近い複製ができる可能性が高まる」というジレンマがあります。これを、いかにして防衛していくのかは、メーカーとして最大限努力すべき点のひとつだと考えています。
具体策としては以前から商品のなかにソフト的な形でガードを組み入れたり、使う段階で、特定の人しか使えないような仕組みを採用するといった工夫をしています。しかし、やはり能力の高い人にとっては、そのプロテクトを解除することはできる。この点はどれだけ技術が進歩してもなくなりません。だから、モラルの問題に帰結してくるわけです。
ソフトウェアは、見えない、触れない、匂わない、音が出ない、味がしない……つまり五感で捉えにくいものです。目に見えるものを指して「これを盗ってはいけない」と言うのは易しいが、五感で捉えにくいものを伝えるのは難しいですよね。メーカーとしても、子どもたちが純粋な気持ちを持っているうちに、情報に対するモラルを理解してもらえる有効な手立てを研究していかなければ、と考えています。
●赤堀
確かに五感で感じにくいという指摘は面白いですね。ただし、久保田さん、コンピュータソフトの違法コピーは減少しているんでしょう?
●久保田
BSAというアメリカのソフトウェアの権利保護団体によると、10年前の日本は、タイ、中国に続くワースト3でした。しかし現在ではアメリカ、イングランド、ドイツに続くベスト4まで上がりました。しかし、同団体の調べでは、違法コピーのソフトの稼働率は37%で、1800億円近い損害があるといわれています。
●赤堀
著作権思想の普及度合いは文化のバロメーターともいえますからね。ただし、さきほど原田さんが言われたようにソフトウェアは五感では感じにくい。それは大きな問題なのではないでしょうか。
●久保田
ただし、五感で感じにくい商品というのは、そんなに新しい話ではありません。電気を盗むと窃盗罪になりますが、電気も情報と同じように、管理可能性が低くて、場合によっては見えない。しかし、経済財としての電気を詐取するなりすれば窃盗罪になるのは刑法典に書いてありますし、一般にも認識されていることです。
●赤堀
なるほど、電気は見えないという感覚において情報と似ていますね。ただし情報は電気に対するほどのモラルが発達していない。これは興味深い問題です。 それでは村岡さん、ソフトメーカーの立場から話を聞かせてください。
●村岡
メーカーという視点に立てば、まさにさきほど、原田さんがお話されたことに集約されます。ただしハードメーカーさんがうらやましいのは形があることです。
我々ソフトウェアメーカーは「いかに便利か」という機能を競い合っています。つまり、目に見えない製品を使って、目に見える効果をいかに具現化するかに苦心しているわけです。
よく言われるのが「教育ソフトなんだから、無料で欲しい」というものです。私は冗談まじりに「じゃあ、先生の仕事も教育が目的なのですから、給与を返上してくださいよ」と返すようにしています。著作権や知的所有権については、なかなか理解してもらえず苦労しているのが現状ですね。著作権が認められなければ、我々は開発のための原資を得ることができません。
●原田
ただし、我々もプリンタのなかに組み込んであるドライバや、デジタルカメラで取り込んだデータを忠実にプリンタで再現するためのソフトを開発しています。そのあたりの権利化は不透明になっている部分があって、目に見える商品をつくっていても悩みは多いんですよ。
ソフトウェアはそれだけで機能するものではありません。必ずパソコンなどを介するわけですから、業界がスクラム体制で取り組むべき問題だと思います。
技術が進むほどに薄れる罪悪感
●赤堀
さて、ここまで話を進めてきて、デジタル著作物は五感で感じにくいという特徴が、情報モラルを考える上で重要なテーマであることが明らかになったと思います。
「目に見え、触れるものは盗ってはいけない」というのはわかりやすい。しかし、それが情報の本質でもあるのでしょうが、見えないものは感覚的に意識が伴いにくいものです。 私の感覚では、例えば他人の文章をコピーして自分の文章にするというのは怖くてできません。見えないものに対して敬意を払うことは、物を盗るという感覚とはちょっと違うかもしれない。知恵や知識、情報には、かなりのエネルギーがかかっているという意識をどう育てるかは大きな課題です。
また原田さんが言われたように「技術が進めば進むほど、コピーしたくなる」という裏腹の関係がありますよね。技術とモラルとの関係も考慮すべき問題ですね。
●久保田
情報モラルという言葉には二つの側面があると思います。情報の高度化に関わらず、人間が社会生活をしていく上で必要な、礼儀などに代表されるモラル。インターネットにおいても「ネチケット」と言われるような、礼儀の部分を「情報モラル」と呼んでいるのがひとつです。
また、大容量の情報を送ると、ナロウバンドしか持っていない相手だと困ってしまう、といったような部分もあります。これは技術の進歩によってどんどん解消されていくので、時代に応じて、モラルは変わっていきます。これら二つは分けて考える必要があると思います。
●赤堀
いわゆる人類共通にある倫理観や道徳という意味でのモラルと、技術的に解決できる部分があるということですね。
●村岡
当社のソフトウェアを購入していただいた方には、ユーザー登録をしてもらいます。以前は職業や年齢などあらゆる項目を設定していました。これは、製品に不具合があったときに迅速にサポートできる体制づくりや、新しいバージョンが出たときにお知らせするのが目的です。
しかし、そうなると職業という項目は関係がない。そこで、現在は収集する情報を限定するようになりました。 これをさきほどの道徳の面から考えると、ネットにおいて、情報を取ることにはあまり罪悪感もなしに、比較的無神経でいられる。しかし近年は情報の再活用が容易になってきただけに、情報を集める側も、これまで以上に慎重にならなければならないという思いを強くしていますし、配慮しなければならない問題も多い。
この点を長い間、顧客との窓口を担当されてきた原田常務にお伺いしたいと思います。
●原田
確かに情報を扱うメーカー自身が、個人情報に対して認識が甘かった部分はありますね。我々はコミュニケーションについて、もっと考えておく必要があると思います。
この点を私は「お客様とのトラブルが起きたとき、どう対応するか」という視点で考えてみたいと思います。まず、お客様対応をするとき、「トラブルが起きない方法」はありません。こちらがどんな形で対応しても、相手がどう受け止めるかにかかってくるからです。
製品に対するクレームについて、そのほとんどが言葉のやりとりのミスマッチが原因になっています。これをトラブルシューティングするためには、30分でも1時間でもお客様のおっしゃりたいことはすべて聞くことが大切です。そうしないと、こちらの話を聞いていただけませんからね。相手の話しを丹念に聞けば、原因がわかり、手の打ちようがある。
しかし、ソフトウェアを違法コピーするときは、まわりで誰も見ていないので、環境的にけん制ができません。また、誰が困るのかが見えなければ、たとえ罰則を設定したとしても、人間は安心して悪いことをしてしまうんですね。これを抑制するには、モラル教育とテクニカルな分野の両面から取り組む必要があると思います。
●赤堀
デジタルの世界では、損害をこうむる相手がイメージしにくい。技術が進めば進むほど見えにくくなるという点さえあると思います。そこに横たわるコミュニティのことを考えていなくてはならないという意識が重要になってくる。
●野間
私は学校での活動と別に、300人ほどが参加する小学生のメーリングリスト「キッズ・リンク」を主催しています。その中で、これまでいくつかのトラブルがありましたが、ほとんど子どもたちだけで解決してきました。
例えば先日、個人メールで子供同士がもめました。一方の子どもが「誰々から個人メールで『みんなあなたのことを嫌っているよ』と書かれたけど、本当にそうなの?」という内容をメーリングリストに載せてしまったんです。 私は様子を見ていたのですが、夕方から夜までの間に20通ほどの意見が入りました。その内容は「みんなが見るメーリングリストで、そんなことをやっちゃいけないよ」というものが多かった。また中には「個人メールであっても、人を中傷するようなことを言ったその人も悪いと思う」というような意見も出ていました。よく考えているな、と驚かされましたよ。
意見を述べるときは、相手を批判するのではなく、とても優しい言葉を使っている。ふと「みんな小学生なんだ」と思うと、感激してしまいます。
また、モラルの話に戻りますが、チェーンメールの問題は深刻です。その内容は「これと同じメールを10人に出さないと、お前を殺しに来る」といったようなどぎついものです。私たちは恐怖を感じませんが、子どもたちはすごく怖がるんですね。
メーリングリストでは、そうした相談に対して「そんなことは絶対にないんだから、大丈夫だよ」というアドバイスが出てきます。なかには恐怖メールの文章の矛盾点をしっかり分析してくる子もいます。
ただ、しばらくして、別の子に別のチェーンメールが来ると、また「どうしたらいいの?」という相談が来ます。私たちの感覚では、以前の議論を見ていれば、同じようなチェーンメールのひとつだとわかりますよね。しかし小学生にとっては、私たちが思う以上に怖いことなんです。これはなんとかしなければならない。