メディアとのつきあい方学習実践事例レポート
情報モラル学習 保護者に伝える情報モラルの重要性
〜モラル教育に不可欠な家庭の理解と協力を育む〜
東京都・北区立赤羽台西小学校
「メディアとのつきあい方学習」とは、スキルの伝達に終始しがちだった従来の情報教育の枠を超えて、メディアを選択的・批判的に活用できる力を身につけさせようというものだ。このコーナーでは、これまでその実践の中で表現力や理解力といった子どもたちの能力がぐんぐんと伸びていく様子を見てきた。
しかし、同時に忘れてはいけない大きな要素がある。それは情報を扱う「心」の問題だ。教育としつけの境界線上にあるとも言えるこのテーマに取り組んでいる赤羽台西小学校の実践を取材した。
学校インターネット3に取り組んだ3年間
今回取材にお邪魔した赤羽台西小学校は、平成13・14・15年度の文部科学省・総務省連携プロジェクト「次世代ITを活用した未来型教育研究開発事業」いわゆる「学校インターネット3」の実施指定校だ。その取り組みについては、以前にもご紹介した。
私たちが同校を訪ねたのは、その研究の成果を披露する研究発表会の日。 発表会の構成は、始業から終業までの学校公開をベースに、5校時の全学級IT授業公開、そして体育館に場所を移しての研究発表となっている。当日は朝早くから多くの保護者が学校を訪れていた。
3年間に渡る研究は「未来を拓く豊かな人間性をはぐぐむ教育の展開」を主題として、心の教育が中心に据えられている。
難度の高いこのテーマに取り組むため、同校では情報教育を明快にカリキュラム化。授業実践者のレベルに依存せず、どのクラスでも水準を保った情報教育の授業を可能にし、また、学年間で整合性の取れた、一貫性のある教育を実現できるようになった。
情報を取り扱うには、単なる技術・知識の伝達だけでなく、使い手の「心」が大切だという認識。それをはぐくむための「情報モラル」学習の重要性が強く意識され、カリキュラムにもそれが反映されている。
また、2003年10月には保護者に向けた情報モラルセミナーを初開催し、子どもたちが直面する可能性のある、インターネット利用上の危険と、それに対する「5つの方策」について解説、家庭と連携する取り組みを開始。保護者からも「知らないことは怖いことだとわかった」などの声が寄せられるなどの成果をあげている。
自作教材による「正しい情報の発信」学習
5校時を使った全学級IT授業公開の時間には、4年1組にお邪魔した。
「ごみはどこへ行くの」と題され、社会科と総合的な学習の時間とにまたがって、合計16時間に渡り実施されてきたこの授業には、同校の情報教育カリキュラムの特長がよく表れている。
調べ学習に基づいて計画・訪問した清掃工場見学を題材に、見学で出てきた疑問をさらに調べ、ホームページにまとめるというのが全体の流れ。今日の授業では、こうした体験の上に立ち、教師自身が作成したオリジナルのサンプルホームページを教材に、子どもたちに正しい情報発信について考えさせることを目指している。
多くの保護者や教育関係者が見守る中、河野由美子先生は教壇に立つと、今日の授業のテーマを板書した。「正しい情報の発信とは、どのようなことかを考えよう」
ここで、これまでの授業を振り返りながら、ホームページ作りと、それを元にした発表や意見交換の中で、どんなことに気を付けてきたかが問いかけられた。すると、「敬語をしっかり使うこと」「何かについて書く時、その時のようす(状況)を書くこと」など、体験に基づいた意見が子どもたちから次々にあがった。
続いて、河野先生が自ら作成したホームページをプロジェクターで投影する。 「さて、これは先生が作ったページです。みんなに配ってあるプリントにも、同じものが印刷されていますね。これを見ながら、このページのどこがよくないかを、グループごとに話し合ってみてください」
間違い探しスタイルの課題が投げかけられるや、子どもたちはすぐ話し合いに入った。先生がアドバイスを与えながら討議すること約10分。問題点の発表が始められ、そこでは数多くの「気づき」が参観者を驚かせた。
「文字色が見えにくい」「日付に年がないので、いつのその日なのか分からない」などといった表記・表現上の指摘にはじまり、「漢字が多くて読めない」「Yくんなど、読み手に分からない仮名を使うのはよくない」といった、情報を伝える相手に対する意識の欠如を指摘する声、そして「電話番号を書いておくのはよくない」「〜と言っていました、という聞き書きはよくない」など、個人情報に関わる点や、根拠のあいまいさに敏感に反応する様子に、1年間の授業の密度がうかがえた。
授業の締めくくりに、先生は今日のポイントを次のようにまとめた。
●読みやすい情報かな?
読む人は誰?/文字の色や大きさ/分かりやすい文章
●正しい情報かな?
正しい漢字や言葉/いつ、どこで/うわさや聞いただけのことではなく、確認している/発信者の連絡先が分かる
知識の詰め込みではなく、子どもたちの体験に根ざした「気づき」を、最後に整理し定着させていく。 「どうかな、分かったかな?」という先生の問いかけに、「分かりました」「まだちょっと…」と反応はさまざまだが、子どもたちが自分で考え、何かをつかむべく歩みを進めている、と実感できる授業だった。